劇場からの失踪-映画批評ブログ

映画をこよなく愛するArchによる映画批評

至高の音楽と共に語られる西部への憧憬と郷愁『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』

今回紹介するのは1968年に撮られたセルジオ・レオーネ監督最高傑作と謳われる傑作マカロニウエスタン『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』

風の吹く音、風車が軋む音、リボルバーの音etc…様々な環境音とモリコーネの作り上げた至極のスコアが贅沢な映画体験へと誘う。

映画史に刻まれる最高の西部群像劇、その魅力について語っていこうと思う。

 

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 あらすじ

  物語は駅から始まる。屈強な3人のギャングが何者かを待ち受けている。しかし、そこに現れたのは別の謎の男。彼は3人を一瞬で葬ってしまう。

時を同じくして、荒野の一軒屋。再婚相手を迎えるため準備していた一家は突如現れたギャングたちに皆殺しにされてしまう。

駅にたどり着いた再婚相手のジルを巻き込み、多くの事件が2人の収束していくのだ。

 

目次

 

 

今作の魅力を語る上で、実のところ多くの言葉はいらない。例えばこんな一言で片付いてしまう。

「『続 夕日のガンマン』のセルジオ・レオーネ監督×音楽家エンリオ・モリコーネコンビの西部劇である」

それほどに今作は約束された傑作であるといって差し支えないだろう。だがはあえてその魅力を再分析してみよう。

 

至高の音楽

多くの西部劇作品において、音楽が欠かせない存在になっているのはいうまでもない。しかし、本作では単なる劇伴という意味での音楽だけではなく、物語を台詞以上に語る音楽が存在している。

 

今作では二種類の音楽を駆使してしており、その一つ目は自然の音楽である。セルジオ・レオーネはかつて「全ての音は音楽である」と語った。その言葉の意味は冒頭の駅のシーンが教えてくれる。

 3人の男が駅にいる。どうやら誰かを待っているらしい。男達は一言も喋らず、静寂が生まれる。そこに自然の音が鳴り始める。風の音や鳥の音、風車の軋む音に水の滴る音。歩くとブーツが音を鳴らし、電報は独りでに打ち続ける。様々な環境音が鳴り響きながらも、静寂は常にそこに存在している。

すると、列車の到来を予感させる汽笛が響く。静寂も終わり、彼らは待ち人来たりという趣だ。しかし、誰も降りてこない。彼らは諦めて列車に背を向けると、ハーモニカが鳴り響く。列車が捌けると、そこにハーモニカを奏でる謎の人物が現れる。それが本作の主人公"ハーモニカ"(チャールズ・ブロンソン)の登場シーンだ。

 

これらの音は台詞よりも多くのことを語る。非常にオペラ的で,音楽で語る物語の前には台詞は野暮にも思えてしまう。自然の音は静寂の中に響き、物語に緩急を生む。この手法は1960年後半には珍しいもので、あえてエンリオ・モリコーネの音楽を使わずに物語を始めるのは贅沢すぎる選択肢で、レオーネの手腕の素晴らしさが伺える。

 

冒頭だけではなく、全編においてこの"自然の音楽"は多用される。馬車の音や銃のシリンダーを回す音、マッチを擦る音、ブーツの音、それらが常に台詞以上に物語りを語る。それはまさに映画的手法の真骨頂であり、登場人物達の感情などを台詞以外で語るのはセルジオ・レオーネ作品の特徴といってもいい。

もう一つの音、それは勿論巨匠エンリオ・モリコーネの生み出した至極のスコアである。エンリオ・モリコーネはこれまでも多くの西部劇で最高の劇伴を作り上げてきた。近年でも映画音楽を作り続けており、彼の大ファンであるタランティーノが『ヘイト・フルエイト』に起用したなどは有名な話だ。

 

彼の音楽は物語を劇的に盛り上げる。男達は言葉を交わさずに視線を交錯させる。そんな空間を満たすのがモリコーネの音楽だ。

特にハーモニカで奏でる本作のテーマが素晴らしい。"ハーモニカ"の登場シーン、暗闇でハーモニカを吹く男。先ほど駅にいた謎の男だ。

彼にシャイアン(ジェイソン・ロバーズ)がランタンを投げつけると彼のハーモニカは劇伴と融合し、一気にボリュームをひねり挙げる。この劇伴を主人公が奏でるという仕組みは今作におけるの主人公の状況支配力へも直結し、主人公のただ者ではないを雰囲気を醸し出している。

また時には、コメディーチックな雰囲気も作り出す。ダークになりがちな雰囲気を変えて、観客を飽きさせない。音楽が主人公達をヒーロー的に盛り立てている。

 

これまでに語った二種類の音楽が本作では本当によく作用している。その音楽の巧みさや主張の強さは最近流行の「音楽映画」だ。元祖と言っていいだろう。

極端に音楽で物語に推進力を与えようとするのは、そのキャラの登場シーンなんかも踏まえるとやはりオペラに近い。かつて本作を「アリアのいないオペラ」と例えたのは的を得ている。

 

魅力的な登場人物

今作の主人公は謎の人物として街「フラッグストーン」に現れる。その理由やバックボーンはクライマックスまで秘密にされるが、こういった手法は「ドル箱三部作」とは対称的な手法だ。娯楽性が追求されていた前作までと違い、今作では登場人物の感情の変化や西部劇的なフロンティアスピリットへの憧憬に焦点が当てられている。

主人公"ハーモニカ"は謎の存在として異様な魅力で、観客を最後まで惹きつけるわけだが、それ以外のキャラクターも魅力的だ。ジル・マクベインは当時には珍しい"母"と"娼婦"の両方の性質を兼ね備えている。

シャイアンも魅力的だ。彼は最初悪玉として描かれる。しかし、彼は純粋な悪玉として描かれない。があり、そして子供っぽい茶目っ気もある。彼はいわゆる「明日に向かって撃て」や「OK牧場の決闘」等に代表する"相棒の悪党"である。

悪玉的なイービルな雰囲気を持ちながら情に厚く、主人公と観客の味方であるのだ。

 

他にも多くの魅力的なキャラたちが錯綜し、見事で壮大な西部劇を作り出している。

 

物語のテーマ

今作で描いているのはフロンティアスピリットへの憧憬だ。

 ブレッド・マクベインというキャラは更に西に向かおうと駅のある街を作り上げようとする。しかし、その夢は冒頭の凶弾によって消えかける。そこにジルが登場し、奇しくもその夢を継ぐことになる。

 

駅というものは西部開拓時代において重要なものだ。駅があることがつまりは、開拓の証であり、フロンティアスピリットの象徴であるのだ。

駅が開通することで、列車がそこを行き来し、人々は西の最果てに向かう事が出来る。本作では多くの出来事が汽車に纏わるものとなっている。冒頭の駅での登場シーンやハーモニカ救出シーン。フロンティアスピリットの象徴する汽車が、常に印象的に画面映り込んでいる。

特に鉄道王モートンはジル達と似た存在であり、同時に正反対の存在として描かれている。彼は体が不自由であるため、汽車を利用して移動している。それは彼にとって、汽車は車いすであり、牢屋であるのだ。彼の夢は太平洋を見ることで、それは壁に掛けられた絵画が語っている。

そんなフロンティアスピリットを持っているのだ。しかし、その半面、ブレッド・マクベインへの不当な暴力の行使や、権益に囚われた姿は西部開拓時代の闇でもあるのだ。

 

汽車の他に本作のモチーフとなっているのは"水"だ。スウィート・ウォーターの名前から連想できるし、井戸の存在や汽車にある海の絵からも連想できる。特に汽車というものは水のあるところを通って進むため、切っても切れない関係があるのだ。

 

しかし、フロンティアスピリッツへの憧憬は、彼ら古き時代を生きる人間が消えていくことも示唆している。西に進み程に文化が発展する。そんな時代にハーモニカやシャイアンのような人間に居場所はない。列車の到着と共に新たな働き手が流れ込んでいく様もメタファーのひとつだろう。

その憧憬の裏にある過去への羨望はセルジオ・レオーネがこれまで描いてきた死に急ぐ男達の西部劇が過去のものに成りつつある事実と重なっているのだろう。

 

 

最後に

どう言葉を飾ろうとやはり見てもらわなければ、映画の良さは伝わらない。特に今回自分は最後の「レオーネ式決闘」を観ただけで満足してしまったので、やはり西部劇を客観的に観れないところがあるように思った。

 

だから是非今作の傑作たる所以を実際に確認してもらいたい。