劇場からの失踪

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『長ぐつをはいたネコと9つの命』劇場映画批評123回 "自分らしさ"の解体の先にあるヒロイックさ

題名:『長ぐつをはいたネコと9つの命』
製作国:アメリカ

監督:ジョエル・クロフォード監督

脚本:ポール・フィッシャー

音楽:ヘイター・ペレイラ
公開年:2023年

製作年:2022年

 

目次

 

あらすじ

帽子に羽根飾り、マントと長ぐつがトレードマークのお尋ね者の賞金首ネコ、プス。剣を片手に数々の冒険をし、恋もした。ところが、気が付けば9つあった命は残り1つになっていた。急に怖くなり、賞金首でいることをやめて家ネコになることにしたが、プスを狙う敵の襲来を受け、平和な生活はすぐに壊されてしまう。そんな時、どんな願い事もかなうという「願い星」の存在を知ったプスは、再び命のストックを得るため旅に出る。

引用元:

eiga.com

 

※以降ネタバレあり

 

ドリームワークス作品の前作、『バッドガイズ』を超える面白さ!
そして前作『長ぐつをはいたネコ』を超える面白さ!!
期待値は高くなかったが、今年最高のアニメーション作品であろう『スパイダーバース アクロス・ザ・ユニバース』と双璧を為すことは間違いない。

 

綺麗な非現実的な御伽噺

まず言及したいのは前作からのアップデートされているポイント。

そもそもが『シュレック』のスピンオフであることかつ、今より未発達な技術力も相まって、前作の『長ぐつをはいたネコ』の映像は当時特有写実的なCG造形故の不気味。特に人間のキャラクターが不気味なのだがそれらの童話やマザーグース、そういった物語がカオスと同居する作品において、シュールなリアリティを与え、「綺麗じゃない現実的な御伽噺」の世界が構築するに至っていた。

しかし本作はその不気味さを捨てる。多分ひとえに映像の技術力が遥かに向上したことがあるのではないだろうか?
そして今のドリームワークスは『バッドガイズ』で見せたような3Dと2Dをミックスした絵本的なアニメーションを本領とするのだ。どこで『シュレック』のテイストから『バッドガイズ』に至ったかは全作品を見た訳ではないので分からないのがもどかしいが、前作のテイストを必然的に失われている。前作が「綺麗じゃない現実的な御伽噺」なら本作は「綺麗な非現実的な御伽噺」。そのため、御伽噺を脚色したアイロニーに満ちた世界観に対して映像面での貢献度は低くなっている。
だが、「綺麗な非現実的な御伽噺」な映像と変わらず、アイロニーの効いた世界観は意外にもマッチする。そしてその爽快なバトルのアニメーションはとことん熱くさせてくれる。最初の山の巨人とのバトルだけで、元が取れるだろうという出来。しっかりとプスという男のヒロイックさを印象づけるのに成功している。
今どきなポップなチューニングがされた映像は、昨今の作品と比べても最高水準だろう。

 

ウルフの存在

ストーリーについては、プスという男は何故ヒーローなのか、彼の英雄たる所以とは?という話をキャラクターの心理を掘り下げ、再定義したという点で素晴らしい。彼の9つの命という設定は初登場のはず。西洋に伝わる迷信からくるこの設定は、元からあってもなくても説得力ある設定として機能するのが、1つ上手いところだなぁと思いつつ、彼はその9つの命を8つ失うところからの物語は始まっていく。
そこで重要なのはウルフの存在だ。1つの命しか残ってないプスの元に賞金稼ぎとして現れる彼はプス以上の実力者であり、プスを「殺せる存在」なのだ。
彼の"死神"としての存在感は、プスに迫る「死」を体現し、彼が初めて直面する「死」に怯える展開に説得力を与えていた。

プスは「死」に怯える中で、ついには自らのアイデンティティーを捨てて「飼い猫」に成り下がる。絶望に晒されることで、"自分らしさ"を削り取られていく様は、現実においても就活やらなんやらに色々と置き換えられると思う。

 

 

"自分らしさ"の解体
"自分らしさ"を失うことのグロテスクさは、簡単に"自分らしさ"の復活の話に至らない。なぜならその"自分らしさ"は自らの蛮勇を裏付けていた「どうせ死なないという安心感」に由来するからだ。
ここに"自分らしさ"の解体、再構築の話があるのだと思ったし、それは"男らしさ"からの脱却ということでもある。
西部劇的な演出が至る所にあった前作でのプスまさに"男らしさ"を体現しており、そこに女性的な猫仕草が入ることでキャラとしての魅力を纏っていた。

そう考えると、本作の皆等しく「命1つで生きている」ということに気づく、そして彼がヒロイックであり"伝説"であるのは、安全や特権性に由来しない「彼自身の勇気」があるからだという展開は、前作を踏まえたプスというキャラクターだからこそ輝く。

加えて言及しておきたいのは、ビックジャック・ホーナーというキャラクター。彼とプスの共通点は、恵まれた環境において特権を持ちながらもそれに自覚的でないということ。彼の悪党っぷり、悪のドラえもんっぷりは中々楽しいのだが、その単純化された悪党っぷりは前時代的といえるかも。ただ、その対比構造の中でプスは自覚し、特権を失った今を向き合うという話になっているは上手いと思った。