劇場からの失踪-映画批評ブログ

映画をこよなく愛するArchによる映画批評

神,そして対立者との対話 『2人のローマ教皇』

――――――――――――――――――
2人の教皇が存在するという異例の事態。
これは現実で起こっていることで、何故そうなったのか。
そこには二人の聖職者、対立した思想を持つ彼らの"対話"があった。
 ――――――――――――――――――

CAST

 

この映画の主な登場人物はアンソニーホプキンス演じるベネディクト16世とジョナサン・プライス演じるホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(フランシスコ)です。

特にアンソニーホプキンスの演技が凄い。現在82歳、凄まじい貫禄を持つ俳優でありながら、今作では鳴りを潜めています。しかし、教皇の持つ威光を演じ出しながらも、最後には"彼も神の元の一人である"という人の多面性や深みを見事に演じ切ってます。
 

対立と対話

今作は二人の聖職者による対話を大きな流れとして進んでいきます。ほとんどがおじいちゃん二人が話しているだけの2時間です。しかし、その画柄としての地味さは全く今作の弱点とはなっていません。
それはやはり2人の存在感によるものが理由です。感覚としては「最強のふたり」を思い出しました。
 
 
この二人は同じ神に仕えながらも、考え方や価値観など様々な点で対立しています。
ベネディクト16世は教会において保守派であり、前時代的な堅物です。
それに対してフランシスコは教会には改革が必要であると考えている、柔軟な人当りの良い教会には珍しい人物として描かれています。
際たる例として、キリスト教は同性愛や中絶、既婚の司祭などを罪をします。
しかし、フランシスコはそれらを罪としながらも罪人にも恵みを与えるべきだと考えています。
このように二人には決定的な価値観,宗教観の違いがあるのです。

前教皇が亡くなり、新たな教皇を決めるコンクラーベでベネディクト16世が教皇になるところから物語は始まります。フランシスコは枢機卿は教会に改革の意思がないと失望しその数年後、辞職を考え、その旨を教皇に手紙で伝えようとします。しかし、それとすれ違いで教皇から招集の手紙を受けます。
その真意は自分の真逆の立場にいる聖職者のフランシスコとの"対話"でした。
 

2人は”対話”により同じ時間を共有することで互いへの理解を深めていきます。
教皇本人も頑固でありながらも現状の教会への信頼が失墜している現実を受け止め、現状ではダメだと理解しているのです。教皇のこの歩み寄りがなければ、今のバチカンは無かったことでしょう。
 
教会の方針だけではありません。互いの趣味や好みを共有しあう。
そういう、人間味を互いに知るという行為は重要です。知らないからこそ、簡単に恨んだり、不幸を願えてしまうのが人間です。その人物の背景にある物語や人間関係を知れば、その人の観方は変わるのです。
例えその趣味などに共通点はないとしても、その互いに歩み寄るという行為そのもの価値があるのです。
そして仲も深まり、互いに己の罪を告解し始めます。相手はその告解に許しを与える。
今作の肝であり、一番の尺を割いているシーンです。アルゼンチンの暗黒時代にフランシスコはイエズス会や体制派と反体制派の仲間の間に立たされます。そして最後には、反体制派の仲間たちは政府に拷問され、殺されます。
"あの時、別の選択を取っていれば"
と、罪悪感に苛まれながらもこれまで生きてきました。
そして教皇ベネディクト16世は「スポットライト 世紀のスクープ」なども描かれた神父による性虐待事件に対して向き合えなかった、被害者よりも教会の保身に走ってしまったことへの後悔を告白します。
この互いを許しあうという構図、聖職者としてあらゆる罪に許しを与えてきた彼らだからこその図。

これこそが対立において最も必要なものです。
対立が生まれるのは必然です。なぜならそれは人はそれぞれ違うから。
しかし、それは悲観すべきことじゃない。なぜなら、対話を重ね互いの理解を深めることでその溝は簡単に埋まるものなのだから。
そうこの作品は訴えています。
 

友情作品としても面白い

全体として価値観の違う男達の友情映画的赴きがあります。近年で言うところの「グリーンブック」なんかです。そのカテゴリーの中でありながら、どの作品よりも大きな事件が背景として描かれています。
二人の教皇が存在するという宗教的に見ても歴史的にも転換点といえるこの出来事
それが二人の男の友情話に帰着するというのがなんだかおかしな話にも思えてきます。
ラストのシーン、二人でサッカーの観戦をしているシーンなんかは特に笑ってしまいます。
そして笑っていると蝋燭の煙の描写が入る。なんと粋な演出でしょうか。
これまで過剰な演出抜きでやってたくせに最後に粋な演出を入れてきて泣きそうになりました。
どんな大きな対立も人と人の間にあるものです。ならばその人と人で解決できない道理はない。平和はそんな事から始まるのだと思わされる映画でした。