劇場からの失踪

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『マザーズ』境界線の前身,祝福の是非 劇場映画批評第36回

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題名:『マザーズ』
製作国:デンマーク/スウェーデン
監督: アリ・アッバシ監督
公開年:2022年

製作年:2016年

 

目次

 

あらすじ

「ボーダー 二つの世界」の鬼才アリ・アッバシが2016年に手がけた長編デビュー作で、代理母となったシングルマザーを襲う恐怖を描いたホラー。シングルマザーのエレナは、ルイスとカスパー夫妻の家で住み込み家政婦として働くことに。夫妻は資産家だが自給自足の生活を目指しており、家には電気も水道も通っていない。幼い息子を実家に預けて出稼ぎに来ているエレナにとって、そんな夫妻の生活スタイルは恵まれた者の道楽のように思えたが、彼らの人柄に触れるうち、家族のように打ち解けていく。ある日、エレナはルイスから代理出産を懇願される。息子と一緒に暮らせるアパートを用意すると言われ、同情心もあり引き受けるエレナだったが、妊娠直後から身体に異変が起こりはじめる。

引用元:

eiga.com

 

今回紹介するのは、アリ・アッバシ監督長編一作目『マザーズ』である。アリ・アッバシ監督といえば長編2作目の傑作『ボーダー』を連想するだろう。この度「未体験ゾーンの映画たち」の枠で本邦初公開された本作は、『ボーダー』を踏まえて観に来る人も多いはずで、自分もその一人。

デンマークのような北欧の雄大な自然と"出産"というキーワードは共通していて、そこにアリ・アッバシ監督の作家性を感じることが出来た。

では早速語っていこう。

 

恐怖の根源

これまで「出産」をテーマにしたホラー映画は多くあり、『ローズマリーの赤ちゃん』や『屋敷女』といった傑作が過去に生まれている。また「子供」と間口を広げてみると、ほとんどと言っていい程のホラー映画で、子供は恐怖と連なるものとして登場する。何故子供が度々ホラー映画に登場してきたのかは、我々大人が子供の対して無意識に感じている得体の知れなさ、言い換えれば可能性や無垢さとも表現できるものを感じているからに他ならない。そして何より"出産"という行為に神秘性とグロテスクさを感じているからだろう。

この映画もそういった手法に習い、出産や子供が内包する性質を恐怖にコンバートしているが、更に加えて『ローズマリーの赤ちゃん』と同様に、マタニティブルーや育児ノイローゼといった心的負荷と、何か得体のしれないものと対峙している恐怖や不安から来る心的負荷を曖昧にしている。そのため、生まれてくる存在はどこか悪魔的なニュアンスを漂わせながらも、恐怖は身近で現実的な事象から発生しているように見える、また心霊的な出来事を使ったジャンプスケアのような恐怖は少なく、それ以上に、"赤ちゃん"を身に宿した代理母の憔悴していく様や"赤ちゃん"に固執して遂には夫を殺してしまうドナーの母の心理にこそ、本作の恐怖が宿っている。

因みに自分が、一番の怖かったのは男の子が妊婦のお腹を殴るところ。決して本作の中心に居る忌子の行動ではないのに、無知で無垢だからこそ出来てしまう幼子の行動に戦慄してしまう。思えば、赤ちゃんに演技は無理であるのだから、本作で非常に悪意に満ちた表情をする(ように見える)赤ちゃんは、こちらが勝手に表情に恐怖を投影しているにすぎないのだ。そういったシーンに赤ちゃんや子供を恐怖の題材にする根本的な理由を見た気がする。

 

 

 

 

『ボーダー』の前型

この描き方は、次作である『ボーダー』にも通ずる作家性で、神秘と写実的な現実の境界線が曖昧な世界を構築することに成功している。ただ、次回作のほうがその境界線というテーマは色濃く、対して今作はより現実的な描写に徹している。他にも『ボーダー』に通じていく点として、北欧の自然の中で惨事が起こっていくというのがある。自然の中で、社会から隔絶されているからこそ、蔓延る狂気凶行というのが、この監督の醍醐味ともいえる。正直、自然美という点では次回作の方が上であった。

出産という要素も含めて、全体的に『ボーダー』の前身のような作品で、『ボーダー』見ておけば問題ない感は否めない。

 

 

最後に

題名は『マザーズ』。つまり本作は代理母とドナーの母の間にある歪な関係を、主題にした二人の母の物語なのだ。どうしても子供に目が行ってしまうが、二人の母の関係の崩壊は、決して悪魔的な所業が起こしたのではないというのが肝なのだろう。

 

好きな言葉に「知っておいて損はない。おれたちは、祝福されて生まれてきたんだってことを。」というのがある。

本作の赤ちゃんも"祝福"されて生まれてきた。だが、果たして"祝福"してもよかったのだろうか。

 

余談だが、実はビョルンソン・アンドレセンが出ているのだが、かなり雰囲気が出ていて良かった。