劇場からの失踪

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『生きてて良かった 』ただ憧れた瞬間に後悔しろ 劇場映画批評第57回

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題名:『生きててよかった』
製作国:日本

監督:鈴木太一監督

脚本:鈴木太一

公開年:2022年

 

目次

 

 

あらすじ

長年の闘いで身体がむしばまれたボクサーの楠木創太は、ドクターストップにより強制的に引退を迫られていた。闘いへの未練と執着を捨てきれぬ中、楠木は恋人との結婚を機に引退を決意する。楠木は新しい生活を築くために仕事に就くが、何をやってもうまくいかず、社会にもなじめず苦しい日々を送る。そんな中、楠木はファンを名乗る謎の男から大金を賭けた地下格闘技へのオファーを受ける。一度だけの思いで誘いに乗った楠木だったが、久しぶりのリングで忘れかけた興奮がよみがえり、楠木はふたたび闘いの世界にのめり込んでいく。その高揚感は彼にとって何物にも代えがたいものだった。

引用元:https://www.google.com/amp/s/eiga.com/amp/movie/96503/

 

※以降ネタバレあり(短評です)

今回紹介するのは鈴木太一監督の『生きててよかった』だ。中国で活躍する木幡竜を主人公に、引退したボクサーの人生を描いた物語を描いている。非常に面白く、ボクサー映画を越えた射程を感じる映画であった。では早速語っていこう。

憧れた瞬間を後悔する

「人生出揃ってしまってもう何も変わらないことが分かった」、その瞬間こそが多分、今私が恐れている瞬間なのだと思う。

夢を追って頑張ってきた人生で、辛くて死にそうだが、どうにか大切な"それ"があるから生きてられる。だけど大事にしてきた"それ"こそが今のどうしようもない自分を形成して、蝕んでいる。
この映画はいわゆるボクシング映画であり『BLUE』や『UNDERDOG』といった"勝てないボクサー"の物語として比較するならば、やはり明確にカタルシスの描写が足りない。その代わりにふんだんに尺が裂かれるのは、友人も好きな人も幼い頃の成功体験も、これまで積み上げたもの全部を、本当にどうしようもなく自分を苦しめてくる「呪い」についてだ。その「呪い」の前では「やっぱこれしかーね!!」というボクサーのカタルシスも虚勢にすら見える。

「呪い」は主人公だけではなくて、幼少期の好きを無自覚に信じて依存したさっちゃん、そうちゃんに憧れて/依存して、結局全部「そうちゃんのせい」にしているけんちゃんにも降りかかる。彼らは共に憧れ、憧れた瞬間をひしひしと後悔するのだ。

 

画面の向こうに魅せられて

またこの映画が『BLUE』や『UNDERDOG』、また多くのボクシング映画と明らかに別の"毒"を内包しているのは、映画という虚構に魅せられた同士だからだろう。実在のプロ選手でもなく、身近な誰かでもなく、画面の向こうにいるロッキーに魅せられて、遂に後戻り出来ないところまで来てしまったという主人公の姿は、ボクサー映画の域を超えて、映画に魅せられた多くの人間のルサンチマンに届きうるのだ。

ただ当然頭によぎるのは
「『ロッキー』に憧れてなんでこうなってしまったのか」ということ。

最後にエイドリアンと叫んだロッキーに対して、本作はセックスのリフレインとしてさっちゃんはそうちゃんを、そうちゃんはさっちゃんの名前を呼ぶ。その無様さは比べてしまうと見るに堪えない。だが彼らはロッキーのようにチャンスは与えられず、自らを「世界」に証明する術を持ちえなかった。だからこそ虚しく「世界」を呼ぶのだ、「俺はここにいるぞ」と。ロッキーの虚構性が凡人を狂わせる物語としてその生き様のズレは等身大に映る。


有終の美、華麗に散る、最高の死に方、表現は数あれど、俺はどうしてもそこに共感しきれない。だがまず間違いなく、自分にいつか突きつけられるだろうアイデンティティ・クライシスの瞬間を描いた作品として、俺は目を塞ぎたくなる思いで最後まで見ていた。

ラストの対戦相手が『ベイビーわるきゅーれ』のラスボスと同じ三元雅芸という一点で、強者感を演出したのは偶然の可能性を差し引いても面白い。他にも栁俊太郎の演ずる新堂勇等、全編見事な人物描写になっていて確かな見応えがあった。

 

総評

これをボクシング映画としてみるなら『BLUE』で良い。しかしこれはボクシング映画では描けない人生の呆気なさと圧倒的なフラストレーションをぶつけてくる極めて暴力的な映画として評価出来る。

「ボクシングが好き」ではなく「ボクシングしてる自分が好き」の男の限界は、「映画が好き」ではなく「映画が好きな自分が好き」な自分の限界に重なる。その意味で本作は私の中で傑作であり続けるだろう。