劇場からの失踪

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『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』公民権運動への軌跡 劇場映画批評第43回

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映画

題名:『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』
製作国:アメリカ

監督: リー・ダニエルズ監督
公開年:2022年

製作年:2021年

 

目次

 

あらすじ

1940年代、人種差別の撤廃を求める人々が国に立ち向かった公民権運動の黎明期。合衆国政府から反乱の芽を潰すよう命じられていたFBIは、絶大な人気を誇る黒人ジャズシンガー、ビリー・ホリデイの大ヒット曲「奇妙な果実」が人々を扇動すると危険視し、彼女にターゲットを絞る。おとり捜査官としてビリーのもとに送り込まれた黒人の捜査官ジミー・フレッチャーは、肌の色や身分の違いも越えて人々を魅了し、逆境に立つほど輝くビリーのステージパフォーマンスにひかれ、次第に彼女に心酔していく。しかし、その先には、FBIの仕かけた罠や陰謀が待ち受けていた。

引用元:

eiga.com

 

今回紹介するのは、『大統領の執事の涙』のリー・ダニエルズ監督最新作『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』です。ビリーホリデイが人生を名曲『奇妙な果実』とドラッグを巡るFBIとの闘いを中心に描き出している。ビリーホリデイを演じたのは、今回初めて演技だったアンドラ・デイ。作中でビリーホリデイが"デイ"と呼ばれていたのが奇妙な偶然のように感じられるが、歌唱演技ともに見事にビリーホリデイに生き切ってみせた。60年代以前は黒人や女性にとっての闇の時代。その時代を時にドラッグに頼りながらも信念を曲げなかった彼女を描いた本作について語っていきたい。

 

引き継がれていく彼女の意思

公民権運動が激化する60年に至る前は、差別やリンチに対して声を挙げるものは少なかった。それはアーティストたちも同様で、自ら主張を音楽に載せることはしていなかった。その中でビリーホリデイは臆さずに「奇妙な果実」を歌おうとしていた。「奇妙な果実」とは南部で黒人たちがKKKにリンチに遭い、その死体を木に括られている光景を歌った、人種差別に真っ向から向かい合った象徴的な曲である。それは当時の政府や白人社会にとって都合の悪いものであり、だからこそFBI、特に連邦麻薬局を率いたハリー・J・アンスリンガーは彼女の弱みであるドラッグを利用して逮捕を行っていた。つまりタイトルにある「ザ・ユナイテッド・ステイツ」とはそのFBI組織や白人社会といったものを指し、vsビリーホリデイの構図は、白人社会で人権の為に闘う黒人達の公民権運動へと引き継がれていったのだ。

作中のきっての名台詞「孫は『奇妙な果実』を歌うわ」はそんな彼女の意思が現代に至るまで継承されていることを確信していたような台詞で作中屈指のシーンであった。

また同様に本作の白眉といえるのは、リンチシーンからの長回しで「奇妙な果実」を歌唱するシーンだろう。モンタージュのように彼女の心情や状況を連続で描写していく圧巻のシークエンスであった。

 

アーティストとドラッグ

ただ本作は、ある程度のビリーホリデイ愛がないと見続けることが出来ない作品であったかもしれない。有名アーティストにまつわるドラッグとセックスによる堕落、また不倫や離婚のような問題も一切新鮮味がなく、「またか」と思わざるを得ないの事実だった。ドラッグやセックスを前途多難の人生として描く事はもうこの時代において難しく、そこに尺を割いていた本作は、題材は面白いながらも凡庸な印象になっていた。