劇場からの失踪

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『GAGARINE/ガガーリン』宇宙とガガーリン団地の接近 劇場映画批評第41回

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題名:『GAGARINE/ガガーリン』
製作国:フランス
監督: ファニー・リアタール,ジェレミー・トルイ監督
公開年:2022年

製作年:2020年

 

目次

 

あらすじ

フランス、パリ郊外に実在するガガーリン公営住宅を舞台に描いた青春映画。パリ東郊に位置する赤レンガの大規模公営住宅ガガーリン。宇宙飛行士ガガーリンに由来する名を持つこの団地で育った16歳のユーリは、自らも宇宙飛行士を夢見る一方で、かつて自分を置いていった母の帰りを待ち続けていた。ところがある日、老朽化と2024年パリ五輪のため、ガガーリン団地の取り壊し計画が持ち上がる。住人たちの退去が進む中、ユーリは母との大切な思い出が詰まった団地を守るため、親友フサームや思いを寄せるディアナとともに、取り壊しを阻止するべく立ち上がる。

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今回紹介するのは、ファニー・リアタール,ジェレミー・トルイ監督の初長編作品『ガガーリン』です。主人公ユーリを演じるのはアルセニ・パテイリ、ヒロインは『フレンチ・ディスパッチ』『オートクチュール』など注目作に出演するリナ・クードリ。ちょっとアナ・ケンドリックに似ているような。

取り壊し目前の団地がユーリの心象を通して虚実の入り混じる幻想的な舞台に変貌していく様がとても魅力的な一作です。それでは語っていきましょう。

 

「宇宙への憧れ」と「ガガーリン団地への執着」

ガガーリン団地をフィックスで捉えるショットの連続、建物をなぞるように画面に収め、ごく一般的な団地をまるで月面や宇宙ステーションを連想させるように撮る。この一連のショットが何よりこの作品の要約とになっている。主人公ユーリの構成するのは「宇宙への憧れ」と「ガガーリン団地への執着」、その二つはガガーリン団地を触媒に展開するユーリの心象が展開されることで融合して表現される。団地の取り壊しを阻止するべく、行動を起こしてきたユーリだが、その努力もむなしく、取り壊しは決定される。多くの人は家族とともに団地を後にしていくが、ユーリは自分を捨てた母の許にも帰れず取り残される。取り残された彼は団地を文字通り"宇宙ステーション"のように改造していくわけだが、そこには彼のピュアな宇宙への憧憬と、彼が幼き頃から抱えている孤独が表現されていく。彼の孤独はまさに宇宙に一人で取り残されたような感覚と同期していて、宇宙とガガーリン団地の接近は彼の心の光と闇、両方の部分を露出されることになっていく。この映像感覚は最近観た作品だと『スターフィッシュ』を思い出す。どちらの作品も内的宇宙が反映された世界を一人生きる若者を中心に据えているが、一つ違うのは、彼は真に孤独ではなかったという結末だろう。それはガガーリン団地という「場所」以上に、所属していた共同体についての物語だったからこその結末だといえる。

"宇宙"でひとり孤独に死にそうになっていた彼は、最後にモールス信号でSOSを訴える。それはガガーリン団地を想ってこそだが、同時に自身についてでもある。彼はついにディアナら住民に救い出されるが、最後に目に映るのは、宇宙へとロケットのように飛んでいくガガーリン団地だ。

一人の少年にとっての青春、それは幼少期を過ごしたガガーリン団地と常にセットだったはずだ。そんな彼は遂にガガーリン団地を"脱出"する。そこには形あるものが、時代の流れによって失われていく悲しさと、独り立ちする子供の不安が内包される。誰もが通らなければならない通過儀礼のような"別れ"という体験を、この映画は美しい夢見心地な幻想に身を委ねながらアーティスティックに描き出しているのだ。