劇場からの失踪-映画批評ブログ

映画をこよなく愛するArchによる映画批評

破壊王から解き放たれた"悪ガキ共"『BAD BOYS FOR LIFE』 劇場映画批評第10回

 

 

劇場で観た作品を"ネタバレなし、短め"にこれが最後だと思いながら書き連ねる劇場批評回「劇場から失踪」第10回

今回で記念すべき10回目。

ネタバレなしで短く書くつもりが最近は長くなっている劇場批評回。

ちゃんと原点に戻り、絞ってネタバレ少なく批評していこうと思います。

f:id:Arch_movie:20200205023103j:plain

 

作中何度も交わされた"合言葉"「Bad boys for life」

「一生バッドボーイズだ」これが我らBad boysシリーズ第3作の題名である。

4作品目に勘違いするような題名だというのが第一印象だが、すごく作品に合っている。

今シリーズは圧倒的な火力を持ち込み、実際に建物をぶっ飛ばすなど"破壊王"の異名を知らしめたマイケル・ベイ映画の初監督シリーズであった。しかし、今回からは監督が変更されてアディル・エル・アルビとビラル・ファラーのタッグが監督を務める。

あまり名前の知られていない彼らである。さて、その手腕は如何に?

 

 

"破壊王の狂気"から解き放たれた新たなBADBOYS 

 

マイケル・ベイのバッドボーイズシリーズは言ってみれば「わりよければすべてよし」映画です。

冒頭から監督の"暴力の狂気"が全開。

ドラマパートはウィル・スミス演じるクールガイ、マイクとボンドガールならぬマイクガールとの絡みをやっとけばいいとあっさり仕上げる。これはマイケル・ベイの悪癖そのものです。

ジェームズ・ボンドやイーサン・ハントが女を作品ごとで取っかえ引っ変えする設定を捨てた時代でこれは時代錯誤な設定です。

しかし、これがやりたくて監督やってるからこれはもうご愛嬌ですね。

ギリ見てられるのはやはり相棒のマーカス演じるマーティン・ローレンスとの凸凹コンビが面白いからです。アクションと並ぶ今シリーズの魅力でしょう。

 

そんなマイケル・ベイ味の雑なストーリーと過剰なバイオレンスの末、本作最高の"全てを良し"とする見せ場のアクションをぶちかます。

2のラスト、地雷原での一幕は一挙手一投足がキマっていて、マイケル・ベイの悪癖であるスローモーションも最後に関しては完璧でした。あそこだけで100万点です。

そんな映画シリーズなんですね。

 

では今作はどうでしょう。

今作では監督が変更されたことによって"マイケル・ベイ特有の破壊への狂気"は無くなってしまいました。爆発は多分CGを使っていたせいか、迫力不足。規模も控えめだったように思った。

それらのせいで、いつもの"終わりよければすべてよし"映画には出来なくなっていた。

 

その代わり、今作ストーリーが前作に比べて大分マシになっている。というかとても感心するものになっていた。

マイケル・ベイではしないような用意周到に張った伏線や前半と後半の演出の重ねるなどで綺麗にドラマをやっている。分かりやすく言えば、今作には"テーマ"があった。

ストーリー自体は2と同じマーカスの引退が軸にあるが、今作はもっと丁寧にやっていて出来のいい焼き回しになっていた。

また、主人公コンビのコメディーが素晴らしい。これは前作から共通することで、馬鹿やっている二人が痛快で面白い。

 

以上より監督交代によって「派手さは減ったが、物語をしっかりと語る映画」となったと思う。

厳密に言うならば、ストーリーも完璧ではないとは思う。例えば、マイクに苦痛を与えるために身近なものを殺すというくだり。手っ取り早くマーカスを狙うべきでは?と思ってしまった。

 

しかしながら、マイケル・ベイの"破壊の狂気"に頼った馬鹿作ではなく、まともにコメディとアクション,ドラマを混ぜた監督のバランス感覚は素晴らしいと言わざるを得ない。

 

最後に

批評で伝わったか分からないが、今シリーズが大好きである。

そんな『バッドボーイズ』はネタバレは控えますが、ラスト的にまだまだ続きそうである。自分はまだまだ二人の凸凹コンビの夫婦漫才を見たいし、そう思ったのは今作があったからこそだと思う。 

「俺たちは一生バットボーイズだ」

今作のこの合言葉は彼らの絆を感じさせると同時に、このシリーズの明るい未来を暗示しているように思う。

新たなバッドボーイズは大成功している。だからこそ最後の演出だけマイケル・ベイにやらせれば、完璧なんじゃないかな。

この監督コンビの次回作は「ビバリーヒルズ・コップ」らしい。実に名采配だと思う。期待したい。