劇場からの失踪-映画批評ブログ

映画をこよなく愛するArchによる映画批評

マッチをすり、戦争を起こせ『囚われた国家』劇場映画時評15回

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支配者は空から現れた―――

「統治者」と呼ばれるエイリアンに管理させた近未来。地球の人々は懐柔され、監視され、囚われていた。貧富の差は開き、街は荒廃していく中でレジスタンスたちは自由を求め、爆破テロを計画する。

諦めてその世界を享受する支配層と自由を求めて抗う貧困層、手の届かない"外からの支配者"によって作られた社会で、露わになる構造。

マッチをすり、戦争を起こせ…

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題名:『囚われた国家』
原題:『Captive State』
製作国:アメリカ
監督:ルパート・ワイアット 監督
製作年:2019年

 

目次

現実の問題を描くディストピアSF

 突如現れた地球外生命体=エイリアンの侵略に完全降伏してから9年後、彼らの傀儡となり裕福に暮らす支配層と反体制の貧困層で貧富の差が開いたディストピア世界が本作の舞台だ。ディストピアSFというジャンルにおいて、これまでも『メトロポリス』(27)や『猿の惑星』(68)、『未来世紀ブラジル』(85)等の名作が生まれている。今作も同じジャンルにあり、共通しているのは"現実を反映している社会"であるということだ。

本作において地球外生命体=エイリアンは支配の象徴でしかない。エイリアンは舞台装置的で喋らず、直接な接触が少ないのはそれ故で、つまり本作の屋台骨は「エイリアンvs地球人」ではなく、「地球人(支配層)vs地球人(貧困層)」なのだ。

このエイリアンがいなくても、成り立つ基本的対立構造は民衆の"自由"が剥奪されようとしているアメリカの現実に無縁ではないのだと、この映画をリアルなものに昇華させている。

 

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また、本作は支配者層のウィリアム・マリガン(ジョン・グッドマン)の視点と貧困層のガブリエル(アシュトン・サンダース)の視点を交互に進めていく。そうした試みはルパート・ワイアット監督の代表作『猿の惑星:創世記』(11)でも観られたものだ。

人類と猿類、どちらの視点も大事にしながら"自由を求める闘い"を描く構成は本作にも通じていると言えるだろう。どちらの視点も描くことで、倫理観を揺さぶられ、尊厳を奪われた世界における人の生き様をアンサンブル形式で語っているのだ。

 

脅威のビジュアルと緊迫したミッション

本作をリアルたらしめる要素はそのロケを多用した臨場感ある映像だ。シカゴの退廃的ビジュアルとUFOやモビルスーツ型機動兵器等のSFガジェッドのCGを融合。ビジュアルだけでも高レベルのSF映画になっている。

 

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本作は計画実行の複雑なプロセスを多人数でこなしていく様はいわゆる"ケイパームービー"だ。

音楽が緊迫感を生み出し、伝書鳩や透明のジェル状爆弾などの"ガジェット"も計画遂行の流れを盛り立てる。反体制ゆえに「計画=テロ行為」という構図、決死の作戦ゆえの緊迫感。映画のエンターテイメント性も十分に感じれられる一作にもなっている。

 

最後に

「マッチをすり、戦争をおこせ」何度も繰り返される言葉だ。アメリカの歴史とは自由を求め闘ってきた歴史だ。2020年6月現在、コロナ騒動や黒人差別の問題で混迷の状況が続いている。今まさに"自由を求める闘い"が行われているのだ。

映画は映画だけに止まらないからこそ面白い。そう感じる一本、まさに時評すべき作品だった。